大学受験の現代文の意義

微妙に意味合いも違ってくるし、こういう形で反論エントリ書くのもズレてんじゃないかなとも思うけど、一応書いてみる。


http://d.hatena.ne.jp/nakamurabashi/20090813/1250130867


まず「高校の現代文」と「大学受験の現代文」では全然意味が違ってくるので、ここは区別して後者のみ説明。
少なくとも「大学受験の現代文」に関しては論理的読解、いわゆる表面的な読みが出来てるかどうか。新聞とか論説文を読むときのような読み方を要請してる。


もし「このとき登場人物はなにを考えていましたか」という設問があったのなら、俺にとってその答えは「絶対に」だ、本のなかにしか書かれていない。正確には描写された物語のなかに登場するその「人間」を把握することでしか正解に到達できない。
「本の中にしか書かれていない」というのはその通りで、受験にて設問を問われるときも出題された文章の中に必ず根拠となる部分があり、そこを抜き出せば正解。(その逆もあり、「選択肢のどれもが微妙で最もマシなものを選ぶ」というパターンもある。) ただ、「人間」を把握して問題を作ったり答えさせたりするのは高校生辺りにとってはハードルが高すぎるし採点基準もカオスになりかねないので、出題文の中に答えの根拠が必ず納まってるような文章を出題者は提出してくる。根拠が見当たらない部分や、根拠がいっぱいあり過ぎるとかだとそもそも問題として取り扱わない。(根拠が無ければ点数化できないし、点数化してランキングを作らなければ多くの人に勉強させる口実が無くなり、不特定多数の勉強の機会を奪うことにつながるのが悲しいところ。)


例えば2002年のセンター本試験で太宰治の「故郷」が出るんだけど、


私は洋室をぐるぐると歩き回り、いま涙を流したらウソだ、いま泣いたらウソだぞ、と自分に言い聞かせて泣くまい泣くまいと努力した。
の箇所に線が引いてあって「『私』がそうしたのは何故か」という設問が来るんだけど、ちょうどこの線が引かれた部分の後の文章が

こっそり洋室に逃れて来て、ひとりで泣いて、あっぱれ母親思いの心やさしい息子さん。キザだ。思わせぶりたっぷりじゃないか。そんな安っぽい映画があったぞ。三十四歳にもなって、なんだい、心優しい修治さんか。甘ったれた芝居はやめろ。いまさら孝行息子でもあるまい。わがまま勝手の検束をやらかしてさ。よせやいだ。泣いたらウソだ。涙はウソだ、と心の中で言いながら壊手して部屋をぐるぐる歩き回っているのだが、
っていう風に心情がそのまんま書いてある。*1 だから、答えが無いわけではないんですよ。だから本を読んでて「明らかにこれはこう読むだろう」っていうそう読まなければ誤読になるような部分を設問にしていて、問うているわけで、「誤読も1つの読み方」と言われればそうなんだけど、会社で渡された文章とか読むときに「誤読も1つの読み方」と言って変な読み方したらブン殴られるように、大学受験での現代文では根拠のある表面的な意味の読解が求められてる。選択肢でも「感情的な共感は呼ぶけど出題文に書いてない」ようなひっかけを作って、ちゃんと読めてるかどうか試したりはするので「最低限の意味は修飾も付けずにストレートに読みましょうね」というのが出題者側のメッセージかなと。*2


ただ、読書家だとその辺り軽く飛び越えていて元の文章から発展させた読みとか、様々な読み方や解釈「も」出来るので、そういう読み方すること自体が無機質で、凄くつまらなく感じるのは事実だと思うし、そういう「ナンセンスな読みだ」という意見自体はとても共感できるんですよ。
でも、「文章の書き方」とか「独自の解釈」とか「答えが無いことについてどう考えるか」とかはいわゆる小論文と言われる分野が受け持っているので、そちらの意義を問うた方がいいかなと思うのです。小論文入試とか国立も私立もやってるとこ多いですし。




あと、nakamurabashiさんは「そんなん濫読で鍛えた程度の読解力あればできる。」「もちろん日本の識字率は高く、新聞程度のものなら読んで内容を理解できる人がほとんどなのだろう」と言ってしまっているけど、それらが出来ない人間って結構多いと思うんですよ。「DNAと遺伝子の違いは?」「偏微分って何?」と聞かれて即答出来る人間と、そうでない人間がいるように。だから教育がある訳で。
俺とか数学や生物、化学は大得意だったけど、本は食わず嫌い起こして読まなかったせいで受験時に散々苦労したのだけど、慣れてくると面白さに気付いてくるもんで受験が終わった後にはそれなりに読みたい本読むようになり、今ではブログも書いてる訳ですよ。英語と日本語に関してはある意味受験に育てられたとも言える。だから、「こんなもの意味が無い」と言われれば、そりゃあ……悲しくなるもんです。

おまけ

やっぱり青空文庫太宰治の「故郷」読めるのな。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1585_13948.html
出題されたのは「私は立って」の部分から、「自問自答を続けていた」まで。(Ctrl+Fで検索推奨)


さっきの問題で出された選択肢はこちら。
ヒマな人はやってみるといいかも。(注:やるときは出題された部分だけ読むこと)

  1. あたたかく自分を迎えようとしている人々の懐に飛び込んでいきたいという思いと弱みを見せたくないという思いとが、胸のうちに同時にわきあがり、互いに争っているから
  2. 母親に対して素直な気持ちになれなくなっているにもかかわらず、まわりの雰囲気に流されて、ここで悲しむ様子を見せては人々を欺くことになると考えているから
  3. 立場上ほかの親族と同じようにふるまうのがはばかられるとともに、人目を忍んで泣くというありきたりな感情の表現の仕方をすることに恥じらいを覚えているから。
  4. 母親に対しては子どものころと変わらない親密な感情を取り戻しながらも、和解を演出しようとする周囲の人々の思惑には反発を感じているから。
  5. 過去の自分とは異なる人間的に成長した姿を見せようと意気込んでいたのに、あっさりと周囲の人々の情にほだされてしまったことに自己嫌悪を感じているから。

*1:まあ選択肢で大抵惑わされるんだが

*2:確かにこの読みだったら、「小説を出す意義があんのか」という話にはなるが、出題しなければ勉強しないわけで・・・。