ベタな人とメタな人

人間には二種類居て、ベタに生きる人とメタに生きる人がいる。


ベタな人は実に物事をシンプルに考えていて、感情もしくは感性で動いている人であり、体育会系気質な人や大学のサークルで人生楽しんでそうなタイプがここに当てはまる。精神年齢の面から見て若い。
具体的な行動で物事を証明することが多く、余計なことを考えないため人付き合いやファッションにはとても向いている。要約すると横のつながりに強い。
ただし、長期的な予測には感性の部分を相当磨く必要がある。




一方で、メタな人は体系的・分析的に物事を考えていて、いかに緻密に世界を把握するかを重視している。精神年齢の面から見て老成。
文章や知識、抽象的な論理で物事を証明することが多く、学問や求道者に向いている。要約すると縦のつながりに強い。
ただし、第一印象重視(ベタ視点重視)のファッションや人付き合いなどは苦手。





どちらも歳を経てくるとメタになっていくのだけど、ベタな人は歳を取って中途半端にメタになってしまうと才能が失われてしまうため、ベタ部分を保つことが必要。(老害化)
ベタな人は人付き合いがうまいため普通に生きてるだけで成長していくのに対し、メタな人はなんらかの体系に所属、もしくは見つけたりしないことにはほとんど成長しない。(燻り)


ただし、メタ・ベタ必ずどちらかになる、というわけではなく、メタ:ベタ=6:4みたいな感じで生きてる人も多い。
また後天的に反対の属性を育てることも可能。(メタな人が努力でベタ的才能を育てたり、など)


自分はメタな人間だけれども、

  • メタ部分を延ばして、ベタの感性の多くを包含できるくらいまで成長させる
  • ベタ部分を延ばして、補強し、メタ部分の支援にも使う

がポイントだよなあ、とか思う。*1




そして、メタな人間もベタな人間も二つの要素を両立させたい場合、どちらが優位かをはっきりさせておくことが望ましい。


まとまってないけど、そういうメモ。

*1:そのまた逆も然りで、ベタな人はベタ的感性を磨き続け、メタ並みの精度を手に入れることも可能。ベタな人でもメタ要素を若いうちから育てておいて、両立させることも可能。